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| 2002年春お元気ですか 第16号 2002年 4月 |
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診療部長兼主任医長 三隅 修三
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| 電子カルテの時代である。ワープロの練習を兼ねて、タッチタイプの練習かたがた |
| “心”についての最近のサイエンスの特集をキーボードで打って見た。字を書くと言う |
| 行為は私にとって思考であり、図を書くということも、患者の診断や治療方針を決定 |
| する重大なものである。タイプを打ちながら思考することは可能なのか。 |
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| ところで、私の専門は脳神経外科であるが、心というテーマは全くの素人である。 |
| 心は何処にあるかと聞かれれば、やはり、一旦手を胸にあてつつも頭に持っていく |
| だろう。では、心は脳なのか?心は脳の働きに違いないが、イコールではない。 |
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| 感動して胸がきゅんとなったり、どきどきしたりも、脳だけで行えるのでなく、心臓を |
| 巻き込んでの結果である。これだって度が過ぎると心拍数が増えすぎて血液循環が |
| うまくいかなくなり、卒倒してしまう。指も心の一つだろう。計算が複雑になれば、思わ |
| ず指を使ってしまう。そんな風に考えていくと、紙と鉛筆も心の一部という、最近の |
| 心理学の考え方にも納得がいく。確かに、複雑な計算は紙に書かないとできないし、 |
| 物事を考えるのにも図形を書くことがある。ある人が持っているメモ帳もそうだし、 |
| 携帯電話もそうだ。無くしたら暫くは何もできず、呆然とすることだろう。 |
| 絵画もそうだし、楽器もそうだ。人は心を脳だけに留まらせず、外界に向けて拡張 |
| させてきたと言える。こう考えると、当面、人間の心には限りがないといえないか? |
| すばらしい。 |
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| まてよ、電子カルテは私の心の一部を奪うのか?へりくつか? |
| さて、電子カルテである。 |
| 大袈裟であるが、“カルテ上での紙と鉛筆とボールペン”という心のパーツにキーボ |
| ードは代わり得るだろうか。電子カルテは待ったなしで始まろうとしているが、今見え |
| てきたものは、“電子カルテは巨大なデータベース”であるということ。コンピューターは |
| シミュレーションが得意である。心の拡張という観点から考えると、もっともすばらしい |
| ことができるだろうが、キーボードはまだまだ心の一部になれないでいる。 |
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